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私たちはなぜ生きるのか

皆さんは、「なぜ生きているのか?」と考えたことありますか?

 

 誰でも生きていれば一度は考えたことがある質問だと思います。

 

でも生きるという事は人はいつかは死ぬということももれなく付いてきますよね。不老不死の薬があればまた別ですが・・・

 

私も以前までは人はなぜ生きているのか?て考えてたことがあります。自分は何のために生きてるんだろう?何でこの瞬間こうやって生きてるのだろうか?と・・

 

 

それと皆さんは、死について意識したことってありますか?

 

 

私は実は何回かあるんですが、この体験が自分のなぜ生きるのか?を少し理解させてくれた感じがするのですが、

 

それは私がまだ20代の若い頃にサーフィンを趣味でやっていた時の話です。しかも私はカナヅチなのですがそれでもサーフィンをやりたくてやっていたことがあったのです・・・

 

今考えるとほんとバカだなと思うのですが、

調子に乗って台風の前日に海へ行って、波と風が荒いのにも関わらず怖いもの知らずだった私は平気で海へ入りました。

 

まだヘタクソ初心者でそんな台風が来ている時に、海に入ってまんまと沖に流されて、波に飲まれてしまいました。笑

 

 

しかも沖のテトラポットに打ち付けられてテトラの隙間に吸い込まれ入り込みそうな勢いだったんです。

 

当時の自分はなんでも諦めるのがはやくて、波に打たれて溺れて息が出来なくなって、もうだめだ!って思ってその時初めて、自分死ぬ!って死を意識したんですね。

 

当時は仕事もかなりきつくて生きるって何だろう・・お金って何だろう・・仕事って何だろう・・

 

 

っていつも疑問しかなくて、生きることに心から楽しい!って思えなかったのもあって、もういつ死んだっていいや・・と死に対してそんなに執着もなかったのです。

 

波に飲まれたまま息が出来なくて意識が遠のいていくの感じながらただただもう無理だ・・・とあきらめていました。

 

そして、そのまま力尽きて目を閉じて死ぬ・・・と意識が消えたその数秒後、

 

目を閉じてるのに、まるで走馬灯のようにたくさんの近しい人の顔が浮かび始めたのです。

 

親とか、亡くなったおじいちゃん、おばあちゃん、何となく懐かしい知ってるような人、兄弟、友達・・・と瞼の裏にクルクルいろんな顔が映るのです。それはまるで映画のように・・・消えては映り消えては映り・・・

 

 

どれくらい経ったかわかりませんが、

 

それを見た後に私は突然意識がハッと戻り、「自分こんなとこじゃ死ねない!」と思って咄嗟にボードを体から外して命綱のボードを放り投げました。

 

そして打ち付けられていたテトラポットの上に張り付くようにしてよじ登りました。

 

そして開いた貝殻の上を走っていたので足の裏は血だらけでしたがなんとか生還しました。

 

カナヅチなのにその時は不思議と恐怖がなかったのです。あんな行動ができるとは自分でも思いませんでした。

 

この体験をして今思うことは

 

人は周りのみんながいるから生きているのかな?と思うのです。

 

周りの人がいてくれたから生きよう!ってパワーが出てきたのかも知れないなって・・

 

メンターのこの動画を見た時に、そんなふうに感じました。

松田豊 ワンネスch

人は必ず誰かに愛されています。

 

人はひとりでは生きていけません。

 

本当にひとりだったらきっと死ぬと思った瞬間にあんなにたくさんの人の顔も浮かんでこなかっただろうと思う。

 

愛があって私たちは生まれてきたんだ。

 

だからこの世界が好きで死ねないんです。

 

産んでくれた両親に感謝。

 

 

この時代、この瞬間に出会えたみんなにありがとう。

 

どうもありがとうございました。

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